存在の耐えられない軽さ

社会復帰のリハビリとして、社会との接点として、つらつらと書くつもりです。

わが封殺せしリリシズム/大島渚

リリシズム(lyricism):抒情主義

 

大島渚というと、若い頃のふっくらとした姿よりも、後年の痩せて眼光が鋭く、野坂昭如と殴り合いの乱闘を繰り広げたとか、ある種暴力的なイメージが強い。

 

表題の本には、撮影所で生きた大島渚のみたり考えたことが集約されていて、いま読むと歴史の証人といった内容になっていてかなりおもしろい。

また、日本の撮影所というシステムがいかに映画監督ほかスタッフや俳優を育て、すばらしい作品を世に送り出してきたかという実感をくれる。

映画監督協会の仕事に従事していたこともあるらしく(1980年には理事長になる)、スタッフの権利を守る仕事も行っていた。

稀代の映画監督がいかに考え、働き、映画という産業に身を投じていたかを知ろうではありませんか。

 

たとえば映画監督について、こう言っている。

 重要なのは、一人のすぐれた監督が出ることではなく、多くのすぐれた監督が出て、日本映画そのものがよくなることである。それを信じなければスタッフ達は何を希望として働くのか判らないではないか。

 その第一歩は今井正達先人の問題を中平・増村が背負って、その上に彼等の革新をなしとげることである。果敢な発言をする勇気を持つ彼等が、重荷を背負う力量と誠実を併せ持つことである。 

 

日本の映画監督が立たされる貧困な状況については、

  しかしすべての作家は絶えず衰弱の淵に立たされているのである。一度主体を失えば、転落の道はあまりにも早い。あとはただ自動的に映画が生産されて行く過程の一つのネジになるにすぎない。

   <中略>

 「勝手にしやがれ」(ジャン=リュック・ゴダール)を映画の魅力が不連続の連続にあることを再認識させた点で実にすばらしい映画だと思うが、あの中には作者が映画監督で一生食おうなどと考えていない良さがある。作家の主体が見事に貫けている原因はそこにあるとさえ思われる。

 貧しい日本の映画監督、映画人たちはそうはいかないのである。職業としての仕事の永続性を考えないわけに行かない。そこには当然陥し穴がある。主体を喪失してしまった方が或る意味で楽な立場が待っている。それらにおちいらぬために、作家は一つ一つの作品、一つ一つのカットの中に常に自己の主体の所在を検証しながら撮り続けていく外はない。そしてそのことではじめて観客と”にせ”でないつながりを持つことが出来るであろう。

 

ルイ・マルをはじめとしたフランスの新人監督たちについて。

 思うにマルは映画を愛し信じすぎているのではないか? これは一部を除いて外のフランスの新人達すべてに言えることであると思うが、彼等は一度きっぱりと映画なんて何だ! と言い切ってみる必要があるのではないか? そうでなければ彼等の現実意識と映画のイメージの逆転した関係は全く変わりようがないと思われるのである。

 (マルの言葉)「私は、映画の観客の進歩を信じています。人々が、ひまな二時間をつぶすために映画館に行くという時代は、すでに終わったと思います。映画の観客は、少しずつではありますが小説の読者に近づきつつあります。……まだまだ時間がかかるとしても、私たちは、映画から<大衆の阿片的要素>を取り去るべく努力すべきでしょう。ねむるために映画館へ行くのではなく、映画館に行くには、前の夜ぐっすりねむっておくようになるべきなのです」

そうした時代に映画作家に最も要求されるのは作家の現実意識と映画のイメージの正しいかかわり方であろう。それ以外に観客を映画につなぎとめる力はないことを、このすぐれた映画のイメージに溢れた映画『地下鉄のザジ』は教えてくれる、と語っている。

 

映画論や映画監督だけでなく、個人名を出して何名かの俳優についても語っているが、特に悪女を演じる岡田茉莉子仲代達矢への賛辞はものすごい。仲代達矢さんといえばいまも現役バリバリのすばらしい俳優に間違いはないのだけど、若い頃は、どれだけだったんだろう…大島渚が、仲代達矢の美しさについて「それは彼の外形の美しさが彼の美しい内部に支えられているからです」とまで言っている。

 

そんな仲代達矢の自己の鍛錬について、こうも言っている。すべての俳優に共通することだと思う。

 仲代達矢はじつに自分をよく訓練している俳優です(勿論、千田是也という良い指導者を得た幸せもあります)。訓練の一つの部面は、前に言った解放された自由な肉体と精神の持ち主である自分をつくるための戦いです。仲代達矢は素質に恵まれていたと同時に、この困難な戦いを実によく戦っています。

仲代達矢は、電車や街中で遭遇する人々の仕草や会話に注目し、ごくささいなことを昔ながらの役者根性で眺めていこうと語っている。そしてそれを、彼は、帰宅してからやってみるのでしょう…と大島渚は推測する。

当時主流だった、スタニスラフスキー・メソッドを学ぶことからは得られないものを、仲代達矢は知っていたのだ。

 

ほかに、俳優についてこう語っている。

 俳優さんは己を白紙にして想定された役柄になるのではない。あくまで、誰それというりっぱな個性を持った人間である俳優さんが、その自分の個性と役の人物の個性の絡み合いの中で一人の人間を生きるのである。

 

映画監督協会の一員として闘った、映画の著作権を著作者である監督の手から離して映画会社に帰属すると定めた法律が制定されたことに関して(芸術分野での著作権は、その著作者である作家に帰属することが前提であるとして)。

 世は芸術家過保護時代である。画家よ。音楽家よ。小説家よ。あなたがたの芸術家としての権利は、法律で守られている。あなたがたはその守られているという意味において芸術家なのだ。映画監督は断じて芸術家ではありえない。

 だから、そのことを映画監督は栄光とせよ、とも言える。私も時々、酔余、叫んでみる。昔、小説家にだって、画家にだって、著作権を与えられない時代はあったのだ。そのなかで、苦闘しながら、すぐれた作品を生んでいった。そして著作権を徐々に確立していったのだ。そうした先人が確立してくれた権利によって最初から過保護されている現代日本の芸術家諸君よりは、今、何一つ保護されず、作品をつくる条件をつくるところから始めなければならない映画監督の方が、はるかにすぐれた作品をつくりうるのだ。

日本の法律制定のおかしさについて、皮肉に富んでいる。ていうか、怒っている。

 

映画監督という職業について。

 私はかつて「映画をつくることは、犯罪行為である」と言った。映画をつくるに要する労力と経費に対して、その結果である収益の不確実性と期待不可能性は、この資本性社会においては、明らかに悪徳であり、犯罪的なのである。それを自覚しながら、なお映画をつくり、しかもそこへおのれの思いを塗りこめようとする者が、犯罪者でなくて何であろう。

 

大島渚の中には、革命への思いがあった。

 

今や貧富は分極化しつつあり、昭和四十年には破滅的な危機が到来すると警告した厚生白書はその片隅にすら席を与えられていないというのが、一九五八年から九年へ移り変わろうとする日本の精神的風土であり、それを反映して太平楽を並べているのが芸術の現状であるからこそ、現実を否定し変革するイメージが、しかも勝ち抜いて行くということだけはどうしても言って置かなければならないのです。

 

この本の中には映画の直接のつくり手ではない、本当にいろんな人が出てくるのだけど(特に映画批評家は多い)、音楽家の林光さんとも親交があったようで驚いた。

それから本当によく登場するのは映画批評家佐藤忠男さんなのだけど、だいたい、むっつりといった言葉がひっついていて笑える。若い頃を存じ上げないのだけれど、なんとなくイメージできるのと、佐藤忠男さん自身が、大島渚をはじめとした当時の新進気鋭の監督の作品を批評することで自分も批評家としてのキャリアを育てたとおっしゃっているので、まあ、こんなふうに言えるくらいには親交があったのだろうと想像できて微笑ましい。

 

最後に、最も共感した文章を引用して終わりにしたい。

 私は死者たちをのみ愛しているのであろうか。

 おそらくは、生者との愛のやりとりが、あまりにも自他を傷つけるので、愛する者を死者として封じこめようとしているのだろう。私が映画をつくるのは、そうした生者と死者の魂をしずめるためである。同時に、おのれがいかなる人間であるかを発見してゆくことによって、おのれの魂をしずめる道を捜しているのである。