Whatever choice you make

あたまのなかのことばたち

グッバイ、レーニン!/ヴォルフガング・ベッカー

ベルリンの壁崩壊前夜の東ベルリン。

政府へのデモに参加したあげく警察に連行される息子を偶然みかけた母は、その場で卒倒し、ベルリンの壁が崩壊し東西ドイツが統一されたことも知らないまま、8ヶ月後にようやく目を覚ます。

家族を捨て当時の西ベルリンへ亡命した夫との関係から社会主義思想に染まっていた母には、資本主義にどっぷりとハマっていく現在のドイツの姿をみせることは刺激が強すぎると判断した息子・アレックスは、東西ドイツ統一のニュースを母からひた隠しにしようとする。

 

この、一見すぐにバレそうなアレックスの企みは、自宅のベッドから一歩も動けない母という事実と、映画監督を目指す会社の同僚の技術や旧東ドイツ製の食品ラベルを活用するなどといった彼自身の巧みな嘘によって、なかなか母にバレることはない。

さらに、部屋からみえたコカ・コーラの垂れ幕や西側の商品について母が疑問を持とうものなら、その事実を取り繕うためのニュース番組まで作り上げ、嘘に嘘を重ね、東ドイツがいかに西側より優れているか、慈悲の心をみせているかについて披露してみせる。

アレックスの描いた西ドイツの姿は、かつて自らが所属していた東ドイツにこそ望んでいた姿なのだろう。

考えてみれば当然だ。誰だって、言い方は悪いけれど「負けた側」にはなりたくない。

東西ドイツの統一から30年にもなろうかという今日、ドイツはEUのリーダーであり、世界中の国の中でも際立った姿勢をみせてくれているのだけど、統一後はきっと混乱していたのだろう。

その混乱にもっとも激しく翻弄されるのは、いつだって市井の人々なのだ。

 

アレックス家族と同じアパートに住む老人は、東西ドイツが統一したことで自分が被ったことの愚痴をいつもこぼしている。

母がかつて教鞭をとった学校の校長すら、その地位を失っている。

東ドイツというと、秘密警察や市民による密告社会であったという暗い側面ばかりが取りざたされるけれど、そこで人生を送った人にとって、いや、そこで人生を送り、「ひどい仕打ちを受けることのなかった」人にとっては、やはり自分の故郷であるのだろう。

 

目覚めたばかりの母を刺激しないようにという考えからはじまった彼の東ドイツは、劇中で彼も言うように、彼自身の望んだ東ドイツの姿でもあった。

それはまるで、自分の不遇な環境を一変させてくれるなら戦争すら望むという若者の声に近いとも思える。

 

この映画には、悪いやつは出てこない(しいていえば記号的に描かれる東ドイツの警察は悪いやつとして描かれる)。

中でもなんていいやつなんだ、と感心したのは、アレックスの姉の夫と、アレックスの同僚で映画監督志望の男。

アレックスの姉の夫は、西側の人間でありながら、義母のため、こども時代の経歴を詐称するというアレックスの指令に戸惑いながらもきちんと従ってくれる。

アレックスの同僚で映画監督志望の男はまた痛快で、そのもてる技術でもってアレックスの偽装の力になる。映画の才能があるかどうかは別にして、たとえ彼自身の欲望を満たすものだったにしても、彼は仕事をしながら、どれだけの労力をアレックスの計画に注いだんだろうと思うと感慨深い。

しかも、最後、東ドイツ主導によって東西ドイツが統一されたという偽の番組をしたためたビデオテープを病院にいるアレックスに届けるシーンでの別れ際などは本当にかっこいい。

アレックスと知り合ってすぐ、「2001年宇宙の旅」の猿人が投げた骨が宇宙船に変わるという有名なモンタージュを、結婚式の花嫁が投げるブーケとウエディングケーキに見立てたと自慢するシーンだけでも、彼の人となりがわかる重要なシーンだ(一度目にそれを流したとき、アレックスは寝ていたけど)。純粋に映画が好きな人間という感じで好感が持てる。

 

そして誰より魅力的だったのは、アレックスの彼女でソ連からきた看護学生という役柄の、天使のララ! 天使の、と形容するのはアレックスなのだけど、彼女の顔つきや笑顔からして、本当に合っている。

こんなに魅力的な女の子はなかなかいないし、すぐに思いつくとしたら「キックアス」の当時のクロエ・グレース・モレッツくらい。

(彼女の名前はチュルパン・ナイーレブナ・ハマートヴァというらしい。ほかにどんな作品に出ているんだろうと思ったら、日本も加わった8ヶ国による共同製作作品「ルナ・パパ」くらいかな。もったいない、彼女の魅力を生かす監督が少なかったなんて。ソ連邦内のタタールスタン共和国出身ということなので、その少しエキゾチックな顔立ちが日本人好みでもあるんだろうか)

彼女だけはアレックスの嘘を嫌がり(母に嘘をつくということに対して嫌悪感があるよう)、ラスト間際で、本人に伝えてしまう。

 

最終的に映画は、父の去った真相(秘密警察にひどい仕打ちにあっていたこと、亡命した彼に家族も合流しようとしていたこと…)、母の容態の変化、父との再会といった急展開を経て、東西ドイツ統一のストーリーをアレックス流に書き換えた上で、彼のこどもの頃からのヒーローであった東ドイツ初のコスモナウト(一般ではアストロナウトだけど、ここではあくまでコスモナウト。そういえば、新海誠BUMP OF CHICKENは、ソ連式の宇宙飛行士の呼び名であるコスモナウトを使うけれど何か意味があるんだろうか)イェーンを、東西ドイツ統一の立役者に仕立て上げる。

母は、彼女の信じた祖国の社会主義思想を誇りに思ったまま、死へと旅立った。

 

この映画についてひとつ不満をあげるとすれば、ラストシーンで使用された祖国のために働いている頃の母の写真で、左側に写る女の子の顔がかなり悪魔的でぞっとすることくらいだ。あれだけはちょっといただけないというか、気持ち悪くなってしまったんだけど、同じこと思っている人いないだろうか…。