Whatever choice you make

あたまのなかのことばたち

ポスターを貼って生きてきた。就職もせず何も考えない作戦で人に馬鹿にされても平気で生きていく論/笹目浩之

「ポスターハリスギャラリー」は知っていたけれど、まさかポスターハリス・カンパニーが演劇のポスターを貼ることを生業にする会社とは知らなかった。

以前、東京へ演劇をみにいったときにちょうどポスターハリス・ギャラリーで寺山修司に関するポスター展がやっていたので、足を踏み入れたことがある。

たしか、ー寺山修司生誕80年記念ー 宇野亞喜良×寺山修司 演劇ART WORKS原画展1998〜2015tだったと思う。

そこで寺山修司の詩が入ったガチャガチャとか、ディスクユニオンから発売されている宇野亞喜良さんのイラストのトートバッグとか、ピンバッチを買って嬉々とした記憶がある。

たしか、ポスターハリス・ギャラリーは渋谷のかなり奥まったところにあって、たどり着くまでにあたりをぐるぐるとさまよったような記憶もよみがえる。

 

この本の著者である笹目浩之さんは、そんなポスターハリス・カンパニーの代表取締役であり、三沢市寺山修司記念館副館長でもある。

演劇を中心とした仕事をされている人だ。

まさか、「ポスターを貼る」ということが仕事になるほど収入のあるものだとは思わなかった。だってポスターなんて、わたしだっていつも貼りにいってるもの…。肩身を狭くしながら…。

この本にはその具体的なことは書かれていないけれど、笹目さんがどのような仕事をしてきたかについては具体的に書かれていて、かなりおもしろかった。

あと、アップリンクの社長の浅井隆さんが元天井桟敷のメンバーとは知らなかった!

当時のアングラブームは、本当にいろんな人を生み出したんだなあ。

わたしは、寺山修司の生きていた頃に生まれていなくて、とっても残念だ。

 

野田秀樹さんがかつて率いていた劇団「夢の遊眠社」についても記載がある。

なんでも、特典つきのポスターを出したらしい。しかもその特典というのがTシャツで、ポスター貼りへ出かけるのにTシャツがかなりかさばって大変だったとある。

特典としてのTシャツは好評だったみたいだが、その次の特典には持ち運びやすいものということでテレホンカードになったようだ。

ポスター一枚に500円のテレホンカードだから、破格の特典だ。

 

長年、演劇のポスターと関わりのあった人だけに、思っていることもある。

いまではポスターを作ることにはたいした費用はかからないという、ポスターを作る側、作るお金を出す側にとっては嬉しい時代になったけれど、ポスターは減った。

笹目さんは、そんな現状に対し、

 90年代に入って劇団とは名ばかりのプロデュース形態が増え、演劇に経済の論理が持ち込まれた影響だ。

と言う。 ポスターよりもフライヤーを多く配布した方が効果的だと考える人が増えた、と。

安く作れるようになったといってもそれなりに経費のかかるポスターより、チラシで実を取ったほうがいい。こうした考え方が出てきた時に、演劇から遊び心や実験的な精神、大きなものに挑もうという気持ち、演劇人としての挟持といった、大切なもののいくばくかが抜け落ちたような気がする。

やがて、写真やデザインから印刷にいたるまで、すべてがデジタル化した時代に入ると、公演告知にはチラシとインターネットのHPさえあれば十分だという考え方まで生まれてきた。それが行き着いたところが「チラシの束」だとすれば、そろそろ何かを考えなければならない時期が来ているような気がする。 

わたし自身、フライヤーを消費され捨てられるだけの無駄な資源と思っていないこともなかったので、反省した。

笹目さんは、アングラ時代のポスターは劇団の旗印役だったというのだ。

それはあの60〜70年代の闘争の時代の、アジテーションなんだ。

90年代を代表する人気劇団「大人計画」(88年結成)がポスターを作らなかったことも、それ以降の若い演劇人たちの考え方に影響を与えていたのかもしれない。

と、笹目さんは言う。多分、当たらずとも遠からずだと思う。

 

文字を大きくすれば目に入りやすいわけではない。かわいらしい写真やイラストがあれば、それでいいというわけでもない。ここから先は、作り手たちが一緒にものを考えたり遊んだりしながら、イメージを組み立てていくしかない。人と人との結びつきや関係性の中から出てくる余情や信頼関係が、演劇ポスターに一滴の付加価値をつけるのだ。そのことによって街の風景が変わり人の心が動くならば、それほど素晴らしいことはない。 

ポスターだけでなく、フライヤーをはじめとした宣伝美術全般に言えることだと思う。

個人的には、情報はもちろん欲しいけれど、それは劇団や作品のサイトなりでみるから、それよりも、フライヤー単体として素敵だと思えるフライヤーを手に取りたくなる。

実際にアングラ演劇全盛の時代、ポスターは実益を無視し、公演の事前予告という役割からも自立し、劇団のイメージとデザイナー自身の個性とをアピールする、強烈な旗印になっていたそうだ。

だって、横尾忠則さんや宇野亞喜良さんがデザイナーだもんねえ。芸術だ。

なんと、横尾忠則さんが手がけた状況劇場「ジョン・シルバー 新宿恋しや夜鳴篇」と、天井桟敷青森県のせむし男」(ともに67年)のポスターは、公演当日に納品されたらしい。

しかも「ジョン・シルバー」のポスターの片隅には、「唐十郎さんデザインが遅れたことをお許しください。横尾忠則」と描かれていたらしい。

 

いま、わたしがフライヤーを楽しみにしているのはマームとジプシーくらいかなあと思う。範宙遊泳も素敵だけど、DMは届かないから。

マームはすごくて、これ、どんだけ金かかってんの?ってデザインのフライヤーを毎回作ってる。封筒すら毎回デザインが違う。

アングラのような感じではなくもっと洗練されて現代風でこのこだわりっぷりはすごい。それだけで、これだけ人気が出たという理由がわかる。まちがいない。

 

そもそも、虚構の世界への窓口ともなるポスターが、ふだん利用するようなレストランや食堂やカフェなど、人目につきやすい場所に貼られている街というのは、ちょっと素敵ではないだろうか。

 

 演劇ポスターというのは、今も昔も変わることなく、虚構の世界を自在に表現することができる、グラフィックデザインの分野でも一種独特の媒体である。デザイナーにとっては、演劇作りの一端にかかわりながら、自らの個性を表現することができるまたとない舞台でもある。また、演劇人の側から見れば、デザイナーにイメージを伝え、ともに試行錯誤することで、舞台のコンセプトを再度整理したり磨きをかけるいいチャンスになる。

 そしてもっと大切なことは、いいポスターを作っておけば、その公演から何十年経ってからも、ポスターによって作品の雰囲気や時代性を再確認することができるのだ。舞台を目撃した人の記憶の中にしか残らない演劇が、ポスターがあることによって、その何十分の一くらいのエネルギーだけは、半永久的に残すことができるのだ。

 「ポスターには芸術表現の可能性を試せる無限のチャンスがあった。僕たちは街行く人が足を止めてくれるよう、出来る限りのことをすべて行って、1枚のポスターを完成させた」

 これは、1971年のロシア革命をはさんでロシアの民衆に広まった前衛芸術=ロシア・アヴァンギャルドの時代を支えたアーティスト、ウラジミール・ステンベルクの言葉だ。1枚のポスターが社会を変え、人々の気持ちを変える。革命を起こすことさえできる。少なくとも演劇人やその周囲にいるデザイナーにだけは、そんな可能性を信じ続けてほしいと願っている。

 演劇よ死ぬな。ぼくはポスターを貼り続ける……。

 

最後に、心に残しておきたい強烈に共感する言葉を引いて終わりたい。

笹目さんが特に気に入っているポスター、平野甲賀さんのデザインによる黒色テントの「ブランキ殺し 上海の春」には、こんなコピーが書かれているらしい。

演劇よ死ぬな!! われわれはお前が必要だ

 

余談だけど、わたしは、黒テントのメンバーであり、現在、座・高円寺の芸術監督をしている佐藤信さんの娘で映画ライターとして活躍されている方と同姓同名で、佐藤信さんと名刺交換したときに驚かれたことがある…。