Whatever choice you make

あたまのなかのことばたち

東京千夜/石井光太

石井光太さんの本は、表題のほか、「レンタルチャイルドー神に弄ばれる貧しき子供たち」を以前に読んだ。

 

で、今回、「東京千夜」を読んだわけだけど、たしかに、読み物としてはおもしろい。

ただしそれは、取材して書いたというノンフィクションの体裁でなく、小説として読んだ場合の話だ。

 

なんとなく読んでいると、端々に、著者の傲慢さがわたしには感じられてしまう。

 

特に、若くして結婚もせずに亡くなったこどもが死後の世界で結婚できるよう祈るためにつくられた「ムカサリ絵馬」のエピソードでの著者の邪推が不快。

たいていは若くして亡くなった人のためのムカサリ絵馬で、享年40〜50代の人がぽつぽつといることをみつけた著者は、

 私はもう一度絵馬に目を向けた。花嫁は二十歳ぐらいなのに、花婿は五十を過ぎている。どことなく不自然な絵を見ているうちに、ふと、この男性は同性愛者だったのではないかという想像が浮かび上がった。

なんだこの勝手な想像は。

特に東北の保守的な農村では、自分の性的指向を隠したまま、親に勘当されてでも独身を貫いた者もいただろう。そういう男性が死んだ時、年老いた親が何も知らぬまま、せめてあの世で結婚させてあげたいと思ってムカサリ絵馬をつくったこともあるのではないか。

私は複雑な気持ちで絵を見た。もしこの男性が同性愛者だったとしたら、死後婚をさせられたことをどう思っているのだろうか。

 余計なお世話すぎる……

 

ほかのエピソードも、雑誌の取材という体などで取材したことをもとに書かれているんだけど、なぜか最後、センチメンタルな感じで文章を結ぶのがわたしにはわからない。

この人は取材して、文章を書いて、さてどうしたいんだろうというのがまったく伝わらない。

取材したという体で書かれた小説だというならわかる。

雑誌記者特有の軽薄さ、みたいなものを感じる。

 

でも、いまこうしてブログを書いていて整理された。

石井光太さんは、あくまで小説やノンフィクションのライターであって、ジャーナリストではないんだということだ。