Whatever choice you make

あたまのなかのことばたち

ディアスポラを生きる詩人 金時鐘/細見和之

わたしの祖母は幼い頃、大阪市生野区に住んでいたことがあるそうで、もしかしたらわたしもそう遠くない血筋に朝鮮の方がいるのかもしれないと思ったことがあるけれど、そんなことはないらしい。

 

金時鐘(キム・ジション)」という名はどこで知ったんだったか忘れてしまったけれど、頭にひっかかっていた。

 

第2次世界大戦後、本来ならば日本もドイツと同じように戦争責任を問われ、領土の分割統治という運命に遭っていたのかもしれないけれど、知ってのとおり歴史は、そのように動かなかった。

本来であれば戦争責任を負うはずの日本の領土は分割されることはなく、なぜか、朝鮮半島が2つに分割されてしまった。

いまとなってはまったく驚くことに、その頃のソ連の力は偉大で、アメリカが共産主義に対してかなりの危機感を抱いていたということが、朝鮮半島を分割させるに至ったのだ。

わたしの所属する劇団は戦後すぐにでき、まだ安定するに至っていなかったあの時代に、GHQが脚本の検閲に来たというのだから、まあ、共産主義に対するアメリカの姿勢というのは察するものがある。

その後ドイツは統一を果たし、EUのリーダーとして大きな国力を持つ国になったけれど、朝鮮はいまも2つに分割されたままだ。この違いはなんだろう。

戦争責任のある日本が分割されず朝鮮半島が大国に分割され、いまもその統一が果たされていないという事実だけでも、なんだか申し訳なく思ってしまう。

しかも、済州島では壮絶なアカ狩りが行われ、血で血を洗う民間人の大虐殺が起こってしまった。

 

金時鐘はまさにその済州島に育ち、済州島を闘った人である。

この本は金時鐘という人の生み出した作品とともに、その人を知るためにうってつけの本だった。

 

詩集「地平線」より

 

自分だけの 朝を

おまえは 欲してはならない。

照るところがあれば くもるところがあるものだ。

崩れ去らぬ 地球の廻転をこそ

おまえは 信じていればいい。

陽は おまえの 足下から昇つている。

それが 大きな 弧を描いて

その うらはらの おまえの足下から没してゆくのだ。

行きつけないところに 地平があるのではない。

おまえの立つている その地点が地平だ。

まさに 地平だ。

遠く 影をのばして

輝いた夕日には サヨナラをいわねばならない。

 

ま新しい 夜が待つている。

 

金時鐘が理想とする詩=歌とは、その文字の連なりのままに読み手のなかに忘れがたく刻まれてゆくものである。いわば思考の秩序がそのままに文字の配列と化しているような詩句。あるいは、その詩句の姿のままに刻まれているような思考の展開ー。

 

「在日こそが統一を生きる」

 

「光州詩片」より 「褪せる時のなか」

 

そこにはいつも私がいないのである。

おっても差しつかえないほどに

ぐるりは私をくるんで平静である。

ことはきまって私のいない間の出来事としておこり

私は私であるべき時をやたらとやりすごしてばかりいるのである。

 

金時鐘についてのことは、いまのわたしには読むことが精一杯で自分の言葉で語れることは何もないので、のちのちのために、キーワードだけ残しておきたいと思う。時が来れば、キーワードをもとに調べるだろう。

 

 

今度は、詩集を読んでみたいと思う。